採用基準の作り方|条件を足すほど採れなくなる——「何ができる人か」をやめて「何を達成する人か」で決める
2026年7月21日
結論を先に:採用基準は「足し算」で作った瞬間に壊れる
営業経験3年以上。業界知識。マネジメント経験。Excelが得意。明るくて、コミュニケーション能力があって、主体性もある人——採用基準を作る会議は、たいてい条件の足し算で終わります。全部を満たす人が来ないことは、薄々わかっているのに。
この作り方を、専門家とデータははっきり否定しています。40年にわたり採用手法を研究してきたルー・アドラーは「ネット上の求人の95%は、書き方のせいで最良の人材を弾いている」と断じます。スペックの羅列は、できる人ほど遠ざけるからです。
そして英国政府系の行動科学チーム(BIT)による1万人超の実験が示すとおり、実際の候補者は要件の半分強を満たした時点で応募を検討します。100%を満たす人だけを想定した「盛った要件」は、市場の現実と最初からズレているのです。
では、どう作るのか。答えは、世界の採用の定番書『Who』(ジェフ・スマートら)から日本の『採用学』(服部泰宏)まで、驚くほど一致しています。「何ができる人か(スペック)」ではなく「入社1年で何を達成する人か(成果)」から逆算する——これだけです。この記事は採用完全ガイド(全28章)の第4章——第1部「採る前の土台」として、序章の「3つの設計」の前提となる土台、採用基準の作り方を、30分で書ける記入式テンプレートまで落とし込みます。
なぜ「条件の足し算」は失敗するのか
理由は3つあります。
① 足し算の条件は、実在しない人を描いてしまう。「営業も採用もマーケもできて若くて安い人」——条件を足すたび、該当者は掛け算で減っていきます。しかも足された条件の多くは「あれば安心」なだけで、成果に必要かどうか誰も検証していません。
② まじめな人ほど、盛られた要件で離脱する。冒頭のBIT実験が示すのは「人は要件の5〜6割で応募を検討する」という現実ですが、裏を返せば、要件を全部満たすべきだと考える誠実な読み手ほど、盛られた要件の前で立ち止まるということです。要件を1つ盛るごとに、いちばんまじめに読む候補者から順に落ちていきます。
③ 「なんとなくの条件」は、選考の全工程を壊す。基準が曖昧なままだと、書類選考は担当の勘になり、面接は面接官の好みになり、内定の決め手は説明できなくなります。採用基準は求人票だけでなく、面接の評価基準にも口説きの言葉にもなる、採用の全工程の設計図です。ここが壊れていると、下流の全部が壊れます。
日本の採用研究も同じ場所を指しています。『採用学』は、日本企業の採用基準が「コミュニケーション能力」「主体性」のような測りにくく、どの会社でも同じになる言葉に集中しがちだと指摘します。基準が同じなら、奪い合う相手も同じ。中小企業が大手と同じ基準を掲げるのは、同じ土俵で体格勝負を挑むことに他なりません。
作り方:1年後の成果3つから逆算する
この逆算には、世界の定番の型があります。『Who』の「スコアカード」、投資会社a16zが創業者に書かせる「MOC文書」——どちらも構造は同じで、使命1行+成果3〜8個+行動特性です。中小企業の実務では、これを3行に圧縮すれば十分です。
ステップ①:入社1年後の成果を3つ、数字で書く。「営業を強化してくれる人」ではなく「1年で新規顧客を20社開拓する人」。この1行の差が、求人票・面接・オファーのすべての精度を決めます(この成果はそのまま求人票の書き出しになります)。
ステップ②:その成果に本当に必要な力だけを「必須」に残す。判定の問いは1つ——「これが無いと、①の成果は本当に達成できないか?」。業界経験は? 多くの場合、無くても達成できます。マネジメント経験は? 部下がいないなら不要です。この問いを通過できるのは、たいてい3〜5個しかありません。
ステップ③:落ちた条件は「歓迎」に移す。捨てるのではなく、格下げする。歓迎条件は選考の同点決勝でだけ使い、足切りには使いません。
想定例で言うと: 社員9名のWeb制作会社(専任人事ゼロ)。ディレクター募集の必須は当初「制作会社経験・ディレクション経験3年・コーディング知識・営業同行可」の4つ。成果から逆算すると、1年後の成果は「常時10案件の進行を、納期遅延ゼロで回す」——必要なのは「複数案件の同時進行を管理した経験」だけで、業界も、コーディングも、営業同行も本質ではなかった。イベント会社出身の進行管理者を採用し、コーディング知識は入社後1ヶ月の勉強会で補った。専任ゼロの会社ほど、要件を絞る効果は大きい——見極めに使える時間が少ないからこそ、見るポイントは少なく深く。
もう1つ、想定例: 社員20名の医療機器商社。営業の求人に「業界経験3年・法人営業経験・提案書作成スキル・TOEIC600・普通免許」と5つの必須を並べて、半年で応募4件。成果から逆算し直すと、1年後の成果は「既存200病院の深耕で売上を15%伸ばす」——新規開拓ではなく既存深耕なので、必要なのは「法人顧客と長期関係を築いた経験」1つだけだった。業界経験もTOEICも歓迎に落とした求人は、応募が月5件に増え、採れたのは化粧品業界出身の営業だった。最初の3ヶ月は商品知識のキャッチアップに苦しんだが(そのための教育は必要になる)、半年から既存顧客との関係構築が回り始め、1年後、売上目標は達成された。
「変わりにくい力」で選び、「変わりやすい力」は育てる
必須条件を絞るときの、もう1つの物差しがこれです。人の能力には、入社後に伸びるものと、ほぼ変わらないものがある。『採用学』はこの区別を採用基準の核心に置きます。
ネットスケープ創業者で投資家のマーク・アンドリーセンは、2007年に書いた採用論で「知性は過大評価されている。見るべきは自己推進力(Drive)、好奇心(Curiosity)、そして倫理観だ」と喝破しました。18年前の文章ですが、今も色あせません。業界知識は3ヶ月で教えられます。しかし「指示を待たずに動く力」を教えた人を、私は知りません。
もう1つ、基準の「高さ」について。妥協した採用は、その1人で終わりません。組織論には「組織の質は、各階層で最も物足りない人の水準に収束していく」という警句(Law of Crappy People——ベン・ホロウィッツ)があり、基準を1度下げると、その人が次の採用の比較対象になります。基準を守る最良の方法は、基準を紙に書いておくことです。頭の中の基準は、欠員の焦りで簡単に曲がります(焦り対策はそもそも採るべきかの章の5択が効きます)。
保存版:30分で書ける「成果定義シート」
会議室で30分、この表を埋めてください。埋まった表は、そのまま求人票・面接の評価基準・口説きの台本の原料になります。
| 項目 | 記入欄(例:営業職の場合) |
|---|---|
| この役割の使命(1行) | 既存顧客の深耕で、営業部の売上の柱をもう1本つくる |
| 1年後の成果① | 既存200社への深耕で担当売上を15%増 |
| 1年後の成果② | 主要30社の月次訪問サイクルを確立 |
| 1年後の成果③ | 顧客要望を月次で開発部に共有する仕組みを作る |
| 必須条件(3〜5個まで) | 法人顧客との長期関係構築の経験/自分で計画を立てて動けること/誠実さ(リファレンスで確認) |
| 歓迎条件(いくつでも) | 業界知識/提案書スキル/マネジメント経験 |
| 見送る条件(あえて書く) | 年齢/学歴/TOEIC——成果との関係を説明できないため |
| この人が来る理由(仮説) | 大手で分業の歯車になっている中堅営業が、裁量を求めて来る |
最後の行が隠し味です。「なぜその人がうちに来るのか」の仮説まで書けて、初めて採用基準は完成します(この仮説は採用広報と口説きで回収します)。
最小構成:専任ゼロの会社は「3行」でいい
30分も取れないなら、①1年後の成果を3つ(数字で)、②必須を3つまで、③「見送る条件」を1つ書く——この3行をA4に書いて、面接する全員に配ってください。それだけで「なんとなく良い人」採用からは抜け出せます。
上級者の一歩深いポイント
① 「女性は要件を100%満たさないと応募しない」という有名な話は、実は一次データがない。 採用界隈で広く引用されるこの話は、遡ると「HP社のある幹部の発言」に行き着き、組織的な調査データとして公開されたことは一度もありません(検証した研究者も一次資料に辿り着けていません)。実際の実験(BIT・1万人超)で測られた「応募に踏み切るのに必要と感じる要件充足率」の男女差は、わずか4ポイント。教訓は2つあります。要件を盛れば男女問わず応募が減るということ。そして、どれだけ広まっている数字でも、一次に遡れないものは採用の意思決定に使わないということです(この姿勢は本ガイド全体の方針でもあります)。
② 必須条件は「面接で確認可能か」までセットで設計する。 「誠実さ必須」と書くのは簡単ですが、面接でどう確かめますか? 必須条件には確認手段——過去の行動を聞く質問(型のある面接)、実技(選考の科学)、前職照会(リファレンスチェック)——を1対1で紐づけて、初めて実務で機能します。
③ 「弱みのなさ」で選ぶな、「強み」で選べ。 複数人の合議は、角のない無難な候補者を選びがちです。ベン・ホロウィッツは「弱みの無さではなく、強みのために採用せよ」と繰り返しました。成果定義シートの成果①を最も強く達成しそうな人は誰か——議論をこの1点に固定すると、合議の平均化バイアスを抑えられます。
よくある質問(FAQ)
Q. 採用基準はどう作ればいいですか? A. 「入社1年後の成果3つ」を数字で書き、その成果に本当に必要な力だけを必須条件(3〜5個)に残し、残りは歓迎条件に落とします。スペックの足し算ではなく、成果からの逆算です。
Q. 必須条件はいくつまでが適切ですか? A. 3〜5個です。6個を超えたら成果から逆算し直してください。候補者は要件の半分強を満たした時点で応募を検討するという実験結果があり、必須条件を1つ盛るごとに、誠実に読む人から順に離脱していきます。
Q. 「人柄重視」はダメですか? A. 方向は正しいのですが、言葉が曖昧すぎます。「人柄」を、自分で動く力・誠実さ・粘り強さのような「変わりにくい力」に分解し、それぞれ面接でどう確認するかまで決めてください。
Q. 学歴や年齢で絞ってはいけませんか? A. 成果との関係を説明できない条件は、母集団を狭めるだけです(学歴が入社後の活躍を当てる力はほぼゼロという研究は選考の科学で詳述)。加えて、募集・選考での年齢制限や性別による差別は法律でも原則禁止です(採用の法律参照)。
Q. 現場と経営で「欲しい人」が割れます。 A. 割れているのはたいてい「スペックの好み」です。「1年後の成果3つ」を先に合意してください。成果が揃えば、必要な力の議論は収束します(すり合わせの型は採用は誰の仕事かの45分会議で)。
まとめ:基準を1枚に書く。それが採用の設計図になる
採用基準づくりは、求人票の下書きではありません。求人票・面接・見極め・口説き——採用の全工程が参照する設計図です。条件の足し算をやめ、1年後の成果3つから逆算し、必須を3〜5個に絞り、変わりにくい力で選ぶ。今日の30分が、この先の全工程の精度を決めます。
HYREDは、戦略の立案から、AIの実装・運用(自社開発のAI「Plexa」)、日々の採用オペレーション、成果のモニタリングまで、採用のすべてを一気通貫で引き受けるRPO(採用代行)です。採用の成否の8割は、動き出す前の要件定義で決まります。診断・相談は無料で、契約に至らなくても費用はかかりません——貴社の募集中の1職種で、成果定義シートをオンライン30分で一緒に埋めましょう。
主な出典
- Behavioural Insights Team(英国政府系)1万人超の求職者実験(要件未達時の応募意向は女性56%・男性52%): 原文
- Lou Adler「Why You Can't Hire High Achievers」(求人の95%が最良人材を弾くという指摘): 原文
- Geoff Smart & Randy Street『Who: The A Method for Hiring』(スコアカード) / a16z「The Hiring Process」(MOC文書): 原文
- Marc Andreessen「How to hire the best people you've ever worked with」(2007): 原文 / Ben Horowitz「Titles and Promotions」(Law of Crappy People): 原文
- 服部泰宏『採用学』新潮選書(変わりにくい能力/変わりやすい能力・基準の画一化の指摘)
この記事は「採用完全ガイド」(全28章)の第4章です。全体の目次はこちら ← 前章:採用は誰の仕事か——現場と人事の役割設計 | 次章:採用体制の作り方——一人目人事とパートナー活用 →