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採用コストの相場とROI|本当に高いのは請求書に載らないコスト——「安く採る」より「損しない採用」を設計する

2026年7月21日

結論を先に:採用費の議論は、請求書に載る2割だけを見て行われている

「人材紹介の手数料35%は高い」「求人媒体に50万円は出せない」——採用のお金の議論は、たいてい請求書に載るコストを巡って行われます。しかし、採用に関わるお金の全体像を並べると、請求書は氷山の一角です。

水面下には3つの塊が沈んでいます。①空席のコスト(人が足りないまま失っている売上・断っている仕事・残った社員の残業)、②社内工数のコスト(経営者と社員が書類選考・面接・調整に使う時間。時給換算すると外部費用に匹敵します)、そして最大の③失敗のコスト——採用がミスマッチに終わったとき、エンジニア採用の担当者への調査ではミスマッチ1人あたりのコストを「501〜700万円」と見積もる回答が最多でした(ハイヤールー・2022年・エンジニア採用担当者n=147)。エンジニア職の調査ですが、内訳(給与・教育投資・やり直しの採用費)の構造は職種を問わず共通です。媒体費を10万円削る交渉に1週間かける一方で、700万円級の失敗リスクは勘で管理されている——これが多くの会社の採用のお金の実態です。

この記事は採用完全ガイド(全28章)の第26章——第5部「数字と仕組み」のお金編として、①相場(見えるコストの目安)、②隠れコストの見積もり方、③投資対効果(ROI)の考え方、の順で「損しない採用」の物差しを渡します。


まず相場:見えるコストの目安

日本の公的・大手調査から、押さえるべき数字は3つです。

「見えるコスト」の相場観——3つの数字だけ覚えれば足りる 中途採用の平均単価 約31万円 年間費用 平均650.6万円÷ 平均採用20.8人 マイナビ2025(採用実施企業) 1人あたり総費用の別調査 新卒 93.6万 中途 103.3万 就職白書2020(2019年度実績。 紹介・広告費込みの水準感として) 人材紹介の手数料 30〜35% 理論年収に対して。 年収500万なら150〜175万円 成功報酬型の一般的な料率 数字の幅は「経路」の差——ほぼゼロ円のリファラルから年収の35%まで、同じ1人の採用で数百万円違う 出典: マイナビ中途採用状況調査2025年版/リクルート就職白書2020。平均値のため、職種・地域・企業規模で大きく変動する。
「平均31万円」と「1人103万円」が両立するのは、前者が年間費用÷採用数の平均、後者が1人あたり総費用の推計だから。自社の数字は自社で測るのが結論。

大事な注意が2つ。第一に、これらは平均値であり、職種(エンジニアと軽作業)、地域、採用の急ぎ度で数倍変わります。相場は「自社が高すぎ・安すぎでないかの目安」以上には使えません。第二に、安い経路が良い経路とは限りません第25章の計器盤で見たとおり、経路の評価は「単価」ではなく「単価×通過率×定着」のセットで行うものです。ハローワークは無料ですが、1年かけて採れなければ、その1年の空席コストが後述のとおり最大の出費になります。


隠れコスト①:空席のコスト——「採らない」にも値札がある

採用のお金の議論から最も抜け落ちるのが、ポジションが空いたままであることの損失です。概算は簡単です。

空席コスト(月)≒ その役割が生むはずの粗利(月) + 穴埋めしている人の残業・機会損失

(この式は営業・現場責任者など粗利に直結する役割向けの近似です。経理などの間接部門は、後半の想定例のように「遅れ・流れた機会・兼務の残業」を個別に積み上げて概算します)

営業1人が月300万円の粗利を生む会社なら、営業の空席1か月は約300万円の損失。採用に3か月余計にかかれば900万円——この数字の前では、媒体費の10万円や紹介手数料の150万円の議論は桁が1つ小さいことが分かります。だからこそ、第20章で見た「選考スピード」はお金の問題であり、第2章で見た「そもそも採るべきか」の判断も、空席コストとセットで行う必要があります(空席を放置してよい役割なら、そもそも採用の必要性を疑うべき、という逆方向の判断もここから出ます)。

想定例で言うと: 社員26名の金属加工会社。工場長候補の採用で、紹介会社の手数料170万円を「高い」と感じ、無料と月5万円の媒体だけで1年粘った。その間、受注を月2件ずつ断り続けた(現場を回せる管理者がいないため)。断った仕事の粗利は概算で月180万円。1年間の「節約」の代償は2,000万円超——後から計算した社長は「170万円は、あの年のどの投資より安かったはずだ」と振り返った。空席コストを先に計算していれば、初月に出せた結論である。


隠れコスト②と③:社内工数と、失敗のやり直し

社内工数は、経営者の時給で考えると見え方が変わります。書類選考・面接・日程調整・すり合わせ会議——1人の採用に社内の時間が合計40時間かかるのは普通です。経営者と管理職の時間を時給5,000〜1万円で換算すれば、それだけで20〜40万円。「外注費ゼロ」の採用は、実際には社内の高い時間で支払っているだけです(この工数を圧縮するのが第25章の仕組み化と、RPO=採用代行のような外部活用です)。

失敗のコストは最大の項目です。冒頭のとおり、ミスマッチ採用1人のコスト見積もりは「501〜700万円」が最多回答(ハイヤールー・2022年・エンジニア採用担当者n=147。給与・教育投資・やり直し採用費の見積もりとして)。内訳を分解すると、①支払った給与・社会保険料、②教育に使った先輩社員の時間、③退職までの生産性低下と周囲への影響、④やり直しの採用費用と再びの空席期間——の4層です。このガイドの第3部(見極めの設計)と第23章の受け入れに投資する経済的根拠が、この数字です。選考の設計は、数百万円の損失の保険として見れば、かかる手間は保険料として破格に安い。

採用コストの氷山——議論されるのは水面の上だけ 水面(請求書に載る線) 見えるコスト 媒体費・紹介料・ツール 社内工数(1採用で数十時間×時給換算) 空席の損失(その役割の粗利×空席月数) 失敗のやり直し (ミスマッチ1人のコスト見積もり「501〜700万円」が最多回答) ミスマッチ見積もり: ハイヤールー2022(エンジニア採用担当者n=147・回答最多レンジ)。水面下の3項は自社の数字で概算できる。
「安く採る」の最適化は水面の上だけの最適化。水面下まで含めると、「速く・外さず採る」が最も安い。

ROI:採用を「投資」として測る

ここまでをまとめると、採用のお金の正しい問いは「いくら掛かるか」ではなく「掛けたお金が見返りを生むか」——つまり投資対効果(ROI)です。式は単純です。

採用のROI =(その人が生む利益 − 採用と立ち上げの総コスト)÷ 総コスト

分子の「生む利益」は厳密には測りにくいものの、概算で十分に意思決定に使えます。たとえば粗利ベースで年1,000万円を生む営業職なら、採用の総コスト(見えるコスト50万+社内工数30万+立ち上げ期間の逸失分)が150万円でも、初年度ROIは(1,000−150)÷150≒5.7倍

計算例:営業職1人の採用ROI(概算で十分、意思決定に使える) 採用と立ち上げの総コスト 見える費用 50万 社内工数 30万 立ち上げ期間の逸失 70万 計 150万円 その人が生む利益 年 1,000万円 (粗利ベースの概算) 初年度ROI 約5.7倍 (1,000−150)÷150 問いが変わる:「手数料35%は高いか」→「35%で2か月早く・外さず採れるなら元が取れるか」 数値は説明用の想定例。分子は自社の粗利、分母は見える費用+工数+逸失で概算する。
厳密な測定は不要。桁が分かれば「どこにお金を掛けるべきか」の判断には十分。

この物差しで見ると、意思決定が変わります——「手数料35%は高いか?」ではなく「35%払って2か月早く・外さず採れるなら、空席コストと失敗リスクの削減で十分に元が取れるか?」が正しい問いになります。

もう1つ、想定例: 社員52名の設備メンテナンス会社。経理担当の欠員補充で、社長は「事務職に紹介料100万は出せない」と3か月自力で探して見つからず。この間、月次決算が毎月10日遅れ、銀行融資の相談が1件流れ、経理を兼務した総務部長の残業が月40時間増えた。見かねた税理士が「兼務の残業代と融資機会だけで月50万は溶けていますよ」と指摘し、紹介会社を使って翌月に採用。「出せない100万円」は、実は毎月50万円ずつ分割払いされていた——隠れコストは、払っていないように見える形で必ず払わされる。

保存版:採用コストの概算ワークシート

電卓と会計ソフトがあれば30分で埋まります。年1回、採用予算を考える前にどうぞ。

項目 計算式 自社の数字
見えるコスト 昨年の媒体費+紹介手数料+ツール費  万円
社内工数 昨年の採用対応時間(時間)× 平均時給  万円
空席コスト 空席の役割の月間粗利 × 空席月数  万円
失敗コスト 早期離職者数 ×(支払給与+やり直し採用費)  万円
総コスト 上の4行の合計  万円
経路別単価 経路ごとの支出 ÷ その経路の入社数  万円/人

最小構成:自社の「採用のお金」を1枚にする

①昨年1年の採用関連支出を「媒体・紹介・ツール」の3行で書き出す(会計ソフトの検索で30分)、②現在の空席1つについて「その役割の月間粗利×空席月数」を概算する、③次の採用から、計器盤に「経路別の支出」列を1本足す。この3つで、あなたの会社の採用のお金は「なんとなく高い」から「どこに掛けるべきか」の議論に変わります。


上級者の一歩深いポイント

① 予算は「1人あたり」ではなく「役割の重要度」で傾斜させる。 全職種に同じ採用単価の感覚を当てるのは誤りです。事業の成否を左右する役割(第6章の幹部採用や、ボトルネックを外す1人)には相場を超えた投資(高めの紹介料率・複数エージェントの並行・リファラル報奨の上積み)も合理的になりうる一方、定型業務の欠員補充は仕組みと母集団の工夫(第8章)で単価を抑えるのが定石。財布は1つではなく、役割ごとに分ける——これだけで「高い/安い」の議論が一段まともになります。

② 紹介手数料は「率の交渉」より「条件の設計」。 手数料35%を30%に値切る交渉より、返金規定(早期退職時の返戻金)・支払いサイト・リプレイス条項を確認・交渉する方が実利があります。また、エージェントへの情報提供の質を上げて紹介の精度を上げる(第12章)方が、率の交渉より期待値が高い——安くすることより、外さないことが利くのは、ここでも同じです。

③ 「採用しない」という投資判断も正しく評価する。 空席コストの計算は、逆説的に「採らない」判断も助けます。その役割の粗利貢献が曖昧で空席コストが小さいなら、第2章の代替手段(自動化・外注・配置転換)の方がROIが高い可能性が高い。採用のROIを測る習慣は、採用を増やすためではなく、正しい場所にだけ投じるためのものです。


よくある質問(FAQ)

Q. 中途採用の費用相場はいくらですか? A. 目安として、採用実施企業の年間費用は平均650.6万円・平均採用20.8人=1人あたり約31万円(マイナビ・2025年版)。1人あたり総費用を新卒93.6万円・中途103.3万円とする調査(就職白書2020)もあります。職種・地域・経路で数倍変わるため、相場は目安に留め、自社の経路別単価を計器盤で測るのが実務的です。

Q. 人材紹介の手数料30〜35%は高すぎませんか? A. 請求書だけ見れば高額ですが、比較対象は「自力で探す場合の社内工数+空席が続く損失+失敗リスク」です。空席1か月の損失がその役割の月間粗利に相当することを踏まえると、2〜3か月早く・確度高く採れるなら合理的な場面は多くあります。率の値切りより、返金規定などの条件確認が実利的です。

Q. 採用のROIはどう計算しますか? A. 「(その人が生む利益−採用と立ち上げの総コスト)÷総コスト」で概算します。総コストには見える費用に加え、社内工数(時給換算)と空席期間の損失も入れてください。厳密さより、意思決定に使える桁感を掴むことが目的です。

Q. 採用予算はどう決めればいいですか? A. 「業界平均に合わせる」より、①役割の重要度で傾斜(事業を左右する役割には厚く)、②経路別の実績単価(自社の計器盤)から逆算、③空席コストとの比較で上限を判断——の3点で決めるのが合理的です。採用計画との接続は第24章を参照してください。

Q. 採用の失敗はいくらの損失になりますか? A. エンジニア採用の担当者調査(ハイヤールー・2022年・n=147)では、ミスマッチ1人のコスト見積もりを「501〜700万円」とする回答が最多でした。エンジニア限定の調査ですが、損失の内訳(給与・教育・やり直し採用費・空席の再発)は職種共通の構造です。この数字は、選考の設計(第15〜18章)と受け入れ(第23章)に手間を掛ける経済的根拠になります。


まとめ:一番高い採用は、安く済ませようとした採用

採用のお金の全体像を1枚にすると、結論は逆説的です——見えるコストをケチる採用が、隠れコスト込みでは最も高くつく。速く採る(空席を短く)、外さず採る(失敗の保険を掛ける)、記録して学ぶ(次回を安くする)。この3つに掛けるお金と手間が、水面下まで含めた総コストを最小にします。次章では、このコスト構造を根本から変えつつある道具——AIと採用の現在地を地図にします。

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主な出典

  • マイナビ「中途採用状況調査2025年版」(中途採用費用 年間平均650.6万円・平均採用人数20.8人)
  • リクルート「就職白書2020」(採用1人あたり平均費用 新卒93.6万円・中途103.3万円。2019年度実績・水準感の参考として)
  • ハイヤールー「エンジニア採用のミスマッチに関する調査」(2022年・エンジニア採用担当者n=147。ミスマッチ1人あたりのコスト見積もり、最多回答レンジ「501〜700万円」)
  • 人材紹介手数料30〜35%は、成功報酬型の一般的な料率の目安(複数の人材紹介会社の公開料率による。より高い料率の会社もある)

この記事は「採用完全ガイド」(全28章)の第26章です。全体の目次はこちら ← 前章:採用オペレーションの仕組み化 | 次章:AIと採用の現在地マップ——何が変わり、何が変わらないか